sonjar に投稿
香取神宮本殿

香取神宮香取神宮入口

鹿島神宮の記事を読んでくれた方なら、もうお分かりかもしれません。鹿島の武甕槌大神には、常に「相棒」がいました。神話の時代から一緒に動いてきた、もう一柱の武神。それが香取神宮の御祭神、~経津主大神(ふつぬしのおおかみ)~です。
香取神宮は、千葉県香取市に鎮座しています。千葉県の北東部、利根川の南側の「亀甲山(かめがせやま)」と呼ばれる小高い丘の上です。

そして鹿島神宮は茨城県鹿嶋市、利根川の北側。つまり二社は利根川を挟んで向かい合うように鎮座しており、これは偶然ではなく、古代の朝廷が東方の守りとして一対になるよう両社を配置したと伝えられています。

地図で見ると、東京から東の方向に約90〜100キロ。太平洋に向かって突き出た関東平野の先端に、鹿島が北、香取が南で向かい合っているイメージです。

アクセス

ただし近そうに見えて、実は少しクセがあります。車の場合は東関東自動車道経由で約20〜30分。一方、電車とタクシーを組み合わせると約40〜50分ほどかかります。

鹿島神宮の最寄りはJR鹿島線「鹿島神宮駅」から徒歩10分。香取神宮の最寄りは「佐原駅」からタクシーで約10分、または「香取駅」から徒歩約30分です。二社を同じ日に回るなら、車移動が圧倒的に便利です。当日僕は車で移動したので半日かからずで回れました!

東京からなら、東京駅から高速バスで香取神宮まで直接行けるルートもあります。朝早めに出発して、香取→鹿島の順に回るのが定番コースですよ。

何を祀っているのか——国譲りを成功させた神

高天原を治める天照大神が葦原(あしはら・よしはら)中国(現在の日本)の支配を目指したとき、何度使いを送っても交渉は失敗し続けました。そこで神々が口を揃えて「経津主神こそふさわしい」と推薦。鹿島神宮の武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)も名乗りを上げ、二神は共に出雲へ派遣されることになります。稲佐の浜で十握剣を逆さに突き立て武威を示すと、大国主神はついに国を譲りました。日本という国の形を作った、まさにその瞬間に立ち会った神様が、香取神宮に祀られているわけです。 

古くは朝廷から蝦夷平定の神として、また藤原氏からは氏神の一社として崇敬されてきました。中世以降も武家政権からは武神として厚く信仰されており、現在も武道分野からの信仰があつい神社です。

鹿島神宮との深いつながり

この二社の関係は、単なる「近所の神社」ではありません。利根川を挟んだ対岸に武甕槌大神を祀る鹿島神宮が鎮座するのは偶然ではなく、古代には東北に君臨した蝦夷を征討するための最前線に位置し、その平定を目的に両社が創建されたと推測されています。水域を挟んで対峙する二つの神宮は、まさに東国の守護として一対で機能していたわけです。

かつて「神宮」と名乗ることが許されたのは、伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の3社だけ。これを日本三大神宮と呼ぶことがあります。古来、伊勢神宮の「上参宮」に対し、鹿島・香取への参拝を「下参宮」と呼び、都から遠く離れた東国の神社が、格式の上で他の神社と一線を画していました。

要石

香取神宮にも鹿島神宮と同じく、地震を鎮める要石があります。ただし、香取神宮の要石は「凸形(とつがた)」で、鹿島神宮の要石は「凹形(おうがた)」。二つはそれぞれ大鯰の頭と尾を別々に押さえており、対になっていると伝わっています。

1648年、水戸光圀公が参拝の折にこの石を掘り起こそうとしましたが、ついに根本を見ることはできなかったと伝えられています。二社の要石が地下でつながっているという伝承も、この「凸と凹」の関係から来ているのかもしれませんね。

奥宮

神道では、神の霊魂には二つの側面があると考えられています。優しく平和的な側面「和御魂(にぎみたま)」は本殿に、荒々しい側面「荒御魂(あらみたま)」は奥宮に祀られています。

楼門から旧参道を西に100メートルほど進んだ静かな場所に鎮座する奥宮の社殿は、1973年の伊勢神宮遷宮の際の古材を用いて建てられています。伊勢神宮の材でできた社殿が香取神宮の奥宮に使われている——ここにも、神宮同士の深いつながりが見えます。

楼門と本殿香取神宮楼門

現在の本殿は元禄13年(1700年)、徳川幕府の手によって造営されたものです。桃山様式を受け継いだ建築で、黒漆を基調とした荘厳な外観に極彩色の装飾が施されています。 

朱と緑が鮮やかな楼門も同年の造営で、楼上に掲げられた額は日露戦争の英雄・東郷平八郎の筆によるものです。鹿島神宮の楼門が徳川頼房の奉納であったのと同様に、香取神宮も徳川家と深い縁で結ばれています。

パッと見ると鹿島神宮の門と似ていますね!

国宝「海獣葡萄鏡」

ここまで、香取神宮と鹿島神宮の似ているところを多く紹介してきました。
香取神宮が鹿島神宮と大きく異なる点のひとつが、国宝を所蔵していることです。8世紀に中国から渡来した「海獣葡萄鏡」は、一面が聖武天皇の遺品として正倉院に伝えられ、もう一面が香取神宮の秘宝として伝えられたとされています。正倉院御物および愛媛県の大山祇神社の神鏡と合わせて「日本三銘鏡」と称され、昭和28年に国宝に指定されました。千葉県で唯一の工芸国宝です。

明治時代まで本殿内陣に秘蔵されていたこの鏡が、なぜ香取神宮に伝わったのか——古代における香取神宮の重要性を示す品でもあります。宝物館で見ることができますので、ぜひ足を運んでみてください。

樹齢1000年の大杉樹齢1000年

社殿の南面には、樹齢約1000年と言われる周囲約10メートルの巨杉が御神木として立っています。また、神殿の裏手には数百本のソメイヨシノやオオシマザクラが植えられており、開花時期には花見客で賑わう桜の名所でもあります。 

写真では写りきらないほど大きなきでした!ちなみにこの写真は0.5倍で撮影したものです。

境内は「香取の杜」と呼ばれる12万平方メートルを超える広大な森。朱の大鳥居をくぐり、老杉が生い茂る参道を進むと、俗世間から遠ざかるような感覚を覚えます。鹿島神宮の深い杜とはまた異なる、朱色と緑が織り成す独特の雰囲気があります。

東国三社

日本三大神宮とは違い、鹿島神宮・香取神宮、そして茨城県神栖市の息栖神社(いきすじんじゃ)の三社を合わせて「東国三社」と呼び、江戸時代には伊勢参りのみそぎとして、内海の舟運を利用してこの三社を巡る参拝が盛んに行われていました。 

鹿島と香取を両方訪れるなら、ぜひ息栖神社にも足を延ばして東国三社制覇を狙ってみてください。三社を巡り終えたとき、関東の武神たちの世界観がひとつにつながる感覚がありますよ。ただし僕は、行き忘れていたので、まだ行ったことがないです。

こちらもおすすめ

好きな時代はいつ?

選択肢