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鶴岡八幡宮

鎌倉観光で「とりあえずここだけは外せない」と言われる場所があるとしたら、間違いなく鶴岡八幡宮です。源氏の氏神として始まり、頼朝が鎌倉幕府の精神的支柱として整備した、まさに「武家政権発祥の地」を象徴する神社です。
また、鎌倉駅到着後、人の流れに流れるだけで着くほど近く、有名な場所です!

何を祀っているのか

鶴岡八幡宮では、応神天皇・神功皇后・比売神の三柱を御祭神としてお祀りしています。応神天皇は第15代天皇、神功皇后はその母にあたり、亡き仲哀天皇の遺志を継いで熊襲征伐や三韓征伐を成し遂げた人物として知られています。

八幡神は、古くより源氏の氏神とされ、「武運の神」として全国で信仰されてきました。八幡神を祀る神社は全国に4万社以上あるといわれていますが、その中でも鶴岡八幡宮は、源氏とのつながりにおいて別格の存在です。

創建

始まりは、頼朝公の祖先・源頼義が京都の石清水八幡宮を勧請したことです。康平6年(1063年)、頼義は篤く信仰していた石清水八幡宮の分霊を、源氏の氏神として鎌倉の由比ヶ浜辺に祀りました。

それから約120年。治承4年(1180年)、頼義の5代後にあたる源頼朝が鎌倉に入ったとき、祖宗を崇めるために社を小林郷の北山——現在の下拝殿付近——に遷座させました。

寿永元年(1182年)には、参詣道として若宮大路・段葛が造られ、社前には源平池も造営されています。しかし建久2年(1191年)の大火で社殿は焼失。頼朝は後ろの山の中腹を切り開いて改めて石清水八幡宮の分霊を勧請し、規模も装いも新たな鶴岡八幡宮として創建し直しました。これが現在の上下両宮の姿の礎になっています。

源頼朝の意図

ただの信仰心だけで、ここまでの規模にしたわけではありません。頼朝は平安京の内裏にあたる位置に八幡宮を置き、自分の屋敷や幕府はその東側の離れた場所に造って、お宮に仕える真心を表しました。鶴岡八幡宮は、鎌倉武士の精神的団結の拠点であり、幕府の重要な政策はここで神意を問う形で実施されたのです。 

つまり鶴岡八幡宮は、単なる「祈りの場」ではなく、鎌倉という都市そのものの設計の中心だったわけです。

大銀杏と源実朝

鶴岡八幡宮には、鎌倉時代きっての衝撃的な事件の現場でもあります。3代将軍・源実朝(みなもとのさねとも)は、右大臣を拝任した祝いとして鶴岡八幡宮に参拝した際、頼家の息子・公暁(くぎょう/こうぎょう)に斬殺されました。公暁は、父・頼家が幽閉された原因が実朝にあると信じ、その敵討ちとして実朝を討ったのです。犯行のとき、公暁は鶴岡八幡宮の石段脇にあった大銀杏の陰に隠れていたといわれています。

この大銀杏は樹齢千年ともいわれていましたが、2010年の強風で倒れてしまいました。根本部分は隣に移植され、もとの場所からは新しい木が成長を続けていて身近で見ることができます。源氏の血で血を洗う権力闘争——その現場が、今も静かに参道脇に残っているわけです。

鎌倉幕府滅亡後は...

鶴岡八幡宮の強さは、鎌倉幕府が滅んでも終わりませんでした。戦国時代には里見(さとみ)氏により焼き討ちにあいましたが、北条氏綱(ほうじょううじつな)が再建を果たします。江戸時代には江戸幕府の庇護を受けて大規模化が進み、徳川家光の治世には薬師堂、鐘楼、楼門なども建てられました。

頼朝の死後も執権を務めた北条氏をはじめ、足利氏や豊臣秀吉・徳川氏など、時の最高権力者たちが代々再建・復興に努めてきました。武家政権がどれだけ移り変わっても、鶴岡八幡宮だけは一貫して「武士の精神的支柱」であり続けたわけです。

境内の見どころ

二の鳥居から三の鳥居までの間は、道の中央部分が一段高くなっている「段葛」と呼ばれる参道です。鎌倉は平地が少なく、周囲の山を削って造成したため、大雨の際に土砂が流れ込みやすい地形でした。それを考慮して大切な参道を一段高くした——頼朝の強い意志が感じられる史跡です。

境内に入ると、源平池が広がります。寿永元年(1182年)、頼朝の命で造営されたこの池は、源氏の繁栄と平家の滅亡を願って造られたという説もあり、源氏池には3つの島、平家池には4つの島が配されています。

そして参道の正面には舞殿、その奥に本宮(上宮)が控えています。手前から太鼓橋、舞殿、本殿という配置が、鎌倉のシンボルとしての風格を物語っています。

実際に行くと人が多いのでゆっくり見ることは難しいかもしれませんが、宝物殿や実際に参拝してみてすぐ近くで見てみるといいですよ!

現在、鶴岡八幡宮の本宮へとつながる大石段は61段あります。階段は急で一段一段が細長く足元には十分注意が必要ですが、登り切ったあとの景色は鎌倉を一望することができ、とてもおすすめできます!

当然、鶴岡八幡宮にもさまざまなおみくじがあります。僕は3回ほどおみくじを別日に引きましたがすべて凶が出ています。僕はもう引くつもりはないです。

 

源氏の祈りから始まり、鎌倉幕府の中心となり、暗殺事件の舞台にもなり、それでも時代を超えて多くの権力者に守られ続けてきた鶴岡八幡宮。鎌倉観光の最初に訪れることで、その後に巡る建長寺や妙本寺、長谷寺といった寺社の歴史が、より立体的に頭に入ってくるはずです。
鎌倉に行った人も再び歴史を知ったうえで参拝してみると以前より楽しむことができると思います!

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