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この記事では、現在の安土城について紹介します。
現在の安土城では、織田信長が築城したころのお城は跡形もなく、石垣とぎりぎり当時の地形が残り、木々と日光が存在するような状態です。そんな状態でも楽しめるような情報をたくさん紹介します!
1) 入口〜大手道——信長と同じ道を登る
入山口をくぐった瞬間、目の前に広がるのは左右を石垣に囲まれ、先の見えないほど延々と続く石段です。幅が広く、真っ直ぐ伸びるこの大手道は、防衛よりも「見せること」を意識して設計されたもの。信長の家臣たちも、外国の使者も、この同じ石段を登ったわけです。
道の両脇には家臣団の屋敷跡が並んでいます。石垣の輪郭だけが残る姿ですが、山の中腹には家臣団屋敷跡があり、ここに多くの人々が暮らしていたことが伝わってきます。足元に目を向けると、石垣に混じって石仏や加工石が転用されている箇所も見つかります。例の「仏罰など恐れない」信長の姿勢が、歩きながら確認できるわけです。
右にある写真は、入山口をくぐったすぐあたりから撮影した階段の写真です。両脇には、織田家家臣の屋敷跡が並んでいたのが分かります。実際に、段々畑のような感じになっていて、山の斜面に平地を階段状に設けているのが現地でわかります。その平面に屋敷などを設けていました。
2) 本丸跡・信長廟

天主台へ向かう途中、二の丸跡にひっそりと佇むのが信長本廟です。豊臣秀吉が建立した織田信長の廟所で、本能寺の変で非業の死を遂げた主君を弔うために建てられました。天下人となった秀吉が、かつての主君にここで手を合わせた——その構図を想像すると、何とも言えない気持ちになります。実際に静かな場所に、かつ山のほぼ山頂あたりに大きく作られていました。
豊臣秀吉(当時:羽柴秀吉)は、天正十一年一月(1583年)に信長が愛用した太刀、烏帽子といった遺品を埋葬し本廟としたと伝わっています。
実際に直接撮影してよいものなのかわからなくなるほどの雰囲気が漂っていました。
信長が亡くなった1周忌には、織田家の一族、家臣などが集まり盛大に法要を執り行ったそうです。また、現在では、6月2日に信長忌が行われています。摠見寺で行われているようなので、空いている方は一度行ってみてください。
3) 天主台跡
山頂にたどり着くと、広がるのは整然と並んだ礎石群です。大小さまざまな石が几帳面に並ぶ様子から、安土城の天主がどれほど大きな建物だったかが実感できます。建物はなくても、この礎石の配置を目で追うだけで、地上6階・地下1階の巨大な天主の輪郭が頭の中に浮かんできます。
そして天主台に立ったとき、目の前に広がるのが琵琶湖の絶景です。眼下に近江八幡市街と琵琶湖が広がり、晴天時には遠く比良山系まで望むことができます。信長がここから眺めていたのと、ほぼ同じ景色です。天下を取ろうとした男が毎日見ていた風景——そう思いながら見ると、ただの絶景以上のものがあります。
右の写真は安土城の頂上から琵琶湖へ向けて撮影した画像です。少し見ずらいですが、陸と空の間あたりに琵琶湖が広がっています。写真に収めると小さいですが、直接見ると琵琶湖の存在を確認できると思います。
4) 訪問前に知っておきたいこと
城址一周の所要時間は約45〜90分。全編石段と石畳なので、スニーカー必須です。ヒールやサンダルでは正直しんどいです。とりあえず歩きやすい靴がいいです。まむしが出ることもあるので、道を外れた草むらには注意してください。僕は夏に行きましたが、虫はいたけどマムシはみませんでした。
階段がすごく長くあるので、元気な日に行くのがおすすめです。また、現地で杖を配られるので、結構大変であることを認識しておいてください。自動販売機が価格が高かった気がします。飲み物は事前に準備しておくほうがいいでしょう。
また、安土城跡の山の付近に滋賀県立安土城考古博物館があります。小中高生無料、大学生¥360、大人¥600です。
この施設には、信長が築城した安土城の模型があったり、安土城についての資料が多く集まっている場所です。山を実際に登り、体で感じた後に考古博物館で当時の姿を目で確認するというのがとても面白いと思います。
まずは、実際に山へ登り体を動かすと良いでしょう!
最後に、現在はお城がないことから、安土城へ向かうすなわち山登りをするという事になります。しかし、登山経験がない方でも行けます(なんせ居城だったわけでここで住むという人がいたのですから)。
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