ここでは鹿島神宮(かしまじんぐう)について紹介をします!
1) 鹿島神宮—東国に位置する最強の武神の社
茨城県鹿嶋市にある鹿島神宮は、ただの「歴史ある神社」ではありません。武の神を祀り、皇室から将軍家まで、時代を超えて多くの権力者が手を合わせてきた特別な存在です。地震を抑える石、国歌に出てくる石、絶対に水位が上がらない池——不思議な逸話も満載のこの神社、じっくり紹介していきます。
2) 何を祀っているのか
鹿島神宮の主祭神は、武甕槌神(たけみかづちのかみ)。創建は神武天皇の御代とも伝えられ、国家鎮護の神として朝廷や武家から篤く崇敬されてきました。
伝承によれば、神武天皇が東征の際、熊野で窮地に陥ったとき、武甕槌神が国を平定した剣「布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)」が天皇を救ったとされています。神武天皇は大和を平定して即位した際、その御神恩に感謝して鹿島の地に鹿島神宮を建てたと伝わっています。
武甕槌神は、日本神話における大国主の「国譲り」交渉で活躍した神。天照大神の命を受け、香取神宮の祭神・経津主大神とともに、出雲の大国主に国を譲るよう交渉を成立させたとされています。つまり、日本という国の成り立ちそのものに関わった神様が祀られているわけです。
3) 日本三大神宮の一社
現在、「神宮」と名のつく神社は日本に24社ありますが、平安時代から神宮と呼ばれていたのは伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の3社だけ。かつては「伊勢神宮の次に格式高いのはこの二つの神宮を置いて他にない」と言われるほど、政治的にも宗教的にも重要視されていました。
なぜ茨城・千葉という、当時から見れば「東国の果て」にこれほどの神社があるのか。神武天皇から坂上田村麻呂の時代まで、東国以北のまつろわぬ者たちを平定する拠点として常陸国が選ばれ、鹿島の神は蝦夷平定の神として重要な役割を担っていたからです。鹿島神宮は、いわば朝廷が東国に置いた「最前線の守護神」だったんです。
4) 要石——地震を抑える、地中の巨石
境内の奥参道を進んだ先にあるのが、有名な**要石(かなめいし)**です。地震を起こすなまずの頭を押さえているといわれる霊石で、いくら掘っても全容は掘り尽くせないといわれ、「鹿島の七不思議」の一つに数えられています。
地上に見えているのはほんの一部、地中深くまで巨大な岩盤が続いているという伝承です。鎌倉時代の記録にはすでに「ゆるぐともよもやぬけじの要石 鹿島の神のあらんかぎりは」という歌が残されており、これが要石と地震の関わりを記した最も古い記録とされています。何百年も前から、人々はこの石に「地震を抑える力」を感じていたわけです。
ちなみに香取神宮にも同じく要石があり、鹿島の要石とひとつ岩で繋がっているとも言われています。地下で二つの神宮がつながっている——そう考えると、ロマンがありますよね。
5) 御手洗池とその伝承
境内の東側にあるのが御手洗池(みたらしいけ)。古くは参拝者が舟でこの地まで進み、ここで身を清めてから神宮に参拝したと考えられている、潔斎(禊(みそぎ))の地です。
この池には、もう一つの七不思議があります。大人が入っても子供が入っても、その水深は胸を越えないといわれており、これも「鹿島七不思議」の1つに数えられています。体格に関係なく、必ず同じ高さでとどまる——科学的な説明よりも、神秘性が際立つ言い伝えです。
1日40万リットルもの湧水があり、水面は澄み切っていて、御神水として持ち帰ることもできます。今でも1月の大寒の時期には「大寒禊」が行われており、古代から続く禊の伝統が今も生きています。
もちろん湧き水から手を洗うこともできます!たしか、美肌にも効果があったような...
6) 要石——地震を抑える
境内の奥参道を進んだ先にあるのが、有名な**要石(かなめいし)**です。地震を起こすなまずの頭を押さえているといわれる霊石で、いくら掘っても全容は掘り尽くせないといわれ、「鹿島の七不思議」の一つに数えられています。
地上に見えているのはほんの一部、地中深くまで巨大な岩盤が続いているという伝承です。鎌倉時代の記録にはすでに「ゆるぐともよもやぬけじの要石 鹿島の神のあらんかぎりは」という歌が残されており、これが要石と地震の関わりを記した最も古い記録とされています。何百年も前から、人々はこの石に「地震を抑える力」を感じていたわけです。
ちなみに香取神宮にも同じく要石があり、鹿島の要石とひとつ岩で繋がっているとも言われています。地下で二つの神宮がつながっている——そう考えると、ロマンがありますよね。
しかし、これはただのロマンでは終わらないんです!
実は、2011年3月11日、東日本大震災は鹿嶋市にも大きな被害をもたらしました。鹿島神宮では、表参道の大鳥居と、御手洗池そばの御手洗池口鳥居、二つの鳥居が倒壊しています。
しかし、ここで一つの「奇跡」が起きていました。本震では大鳥居の根本部に亀裂が生じただけで、すぐには倒壊しませんでした。倒壊したのは、その約30分後に発生した大きな余震のときです。この30分の間に、神職や関係者によって周辺の参拝者が避難誘導されていたため、倒壊による人身の被害は出ませんでした。
ちなみに大鳥居は、高さ約10メートル、重さ約100トン。茨城県笠間市産の御影石(花崗岩)で作られており、「国産花崗岩の鳥居としては日本一」を誇る巨大なものでした。
御手洗池口鳥居についても、激しい揺れにより倒壊しましたが、幸い近くに参拝者はおらず、人身や周辺施設・家屋への被害もありませんでした。
地元の氏子崇敬者の間では、「表と裏、両方の鳥居が倒れることで、災禍が境内に侵入するのを防いだのだ」という言い伝えも残っています。地震を抑えるはずの要石がある神社で、鳥居が「身代わり」になったかのように倒れた——そう捉えると、不思議な巡り合わせを感じます。
武神であるタケミカヅチを祀り、地震を鎮める「要石」の伝説を持つ鹿島神宮だからこそ、「神様が身を挺して守ってくれた」という解釈が自然と広がり、人々の心の支えとなりました。
その後、大鳥居は2014年に再建され、境内にある樹齢250〜600年の杉の巨木を4本切り出し、「木製の鳥居」としてよみがえらせました。重量のある石材による鳥居では危険と判断した結果です。また、御手洗池口鳥居は東日本大震災から9年と5か月の時を経て、2020年8月にようやく竣工しました。
地震を「鎮める」要石を祀る神社で、地震によって鳥居が倒れ、それでも誰も傷つかなかった。この出来事自体が、鹿島神宮の七不思議に新たに加わってもおかしくないような話だと思います。
人災を防ぐ努力と、人知を超えた何かを感じずにはいられない身代わり伝説、境内の木を使用して復興した物語は、とても感動的なストーリーであったことが分かります。
7) さざれ石
感の良い人は気が付くかもしれません。さざれ石はあのさざれ石なんです!
境内には、国歌「君が代」に登場するさざれ石が目の前で見ることができます!「君が代」に出てくるさざれ石は、石灰石が長い年月の間に雨水で溶解し、その粘着力の強い乳状液が次第に小石を凝結させ、だんだんと大きな巌になっていったものです。
要石が地震鎮護の象徴であるのに対し、さざれ石は長寿や繁栄の象徴とされています。同じ「石」でも、それぞれ違う意味を持つ——両方を見比べてみるのも面白いですよ。御手洗池や要石に比べると目立たない場所にひっそりと置かれているので、見つけるのも一つの楽しみです。
8) 鹿
境内には鹿園があり、神使(神の使い)とされる30数頭の日本鹿が飼育されています。 鹿園は、さざれ石がある場所に隣接してます。餌を鹿にあげる体験もできますよ!
実はこの鹿、奈良公園の鹿のルーツとも言われています。奈良の春日大社へ武甕槌大神(タケミカヅチノオオカミ)の御分霊をお祭りする際、鹿島から鹿の背に乗って「鹿島立ち」されたと伝えられており、「奈良の鹿の先祖は鹿島の鹿」だといわれているんです。あの奈良の鹿せんべいでおなじみの鹿たちのご先祖が、ここ鹿島から旅立っていったという話があります!感慨深いですよね。
9) 源頼朝との関係
武甕槌大神を祀る鹿島神宮は、皇室はもとより、藤原氏、源頼朝、徳川家康など、歴代の権力者・武将たちから崇敬を受けてきました。
武の神を祀る神社が、武家政権を打ち立てた頼朝に信仰されたのは、ごく自然な流れともいえます。鎌倉に幕府を開いた頼朝にとって、東国で最も格式高い武神の社を篤く敬うことは、自らの支配の正統性を示すことにもつながったはずです。現代でも勝負や武道、相撲の神様として、多くのアスリートが必勝祈願に訪れています。
10) 徳川家との関係
境内の入口に立つ大きな楼門も見逃せません。「日本三大楼門」の一つに数えられる楼門は、高さ約13m、重要文化財に指定されており、寛永11年(1634年)に水戸徳川初代藩主・頼房卿によって奉納されました。
『鹿嶋社楼門再興次第記』によれば、三代将軍・家光公の病気平癒を頼房卿が祈願したところ快方に向かったため、その感謝として奉納されたものとされています。浅草の水戸藩下屋敷で130人余りの大工が部材を切組み、船と筏で運んで現地で組み立てたという記録も残っています。徳川将軍家の体調にまで関わる、特別な存在だったわけです。
11) 今年だけの特別なお守り(2026)——「双宮守」
最後に、今年訪れるなら絶対にチェックしてほしいのがこちら。鹿島神宮と香取神宮には、12年に一度だけ授与される“合体できるお守り”があります。正式名称は「双宮守(そうぐうまもり)」で、両神宮それぞれで片方ずつ受け取り、重ね合わせることで1つの形になる特別な御守です。
鹿島神宮は龍頭船(御座船)、香取神宮は鷁首船をデザインした、それぞれ異なるお守りを組み合わせることで完成し、両宮の祭神の御神徳が一体のお守りに宿るとされています。武神を祀る両神宮の御神徳が合わせられているため、勝負運や強運の向上に非常にご利益があると期待されています。一社だけでは“半分”、両社そろってこそ“完全”という点が最大の特徴です。
これは2026年の両神宮の式年大祭(鹿島神宮は9月の御船祭)の斎行を記念した特別な授与品です。12年に一度しか手に入らない機会——もし今年、鹿島神宮と香取神宮を両方訪れる予定があるなら、ぜひ両方で受けて、一つに合わせてみてください。
ちなみにここで紹介した香取神宮は、鹿島神宮のすぐ隣に位置しています。どちらかを訪れた際には、もう一方も訪れてみてください!
次のリンクは、香取神宮の特集です!是非合わせて読んでみてください!
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